こんにちは。CTO室長の浅野@masakz5です。
少し古い話になりますが、今年の1月にSovrin Foundationから”2020 – How SSI Went Mainstream”というタイトルのブログ記事がポストされました。いわゆる2020年の振り返りの記事なのですが、その中で2020年にローンチされた(あるいは2021年初頭にローンチが予定されている)いくつかのユースケースが掲載されています。
今回はその記事で紹介されている事例をご紹介したいと思います。
ユースケース
IATAトラベルパス
IATA(International Air Transport Association:国際航空運送協会)が開発中のトラベルパスは、航空機で移動する旅行客が自分の新型コロナウィルスの検査結果やワクチン接種の状況をクレデンシャル化し、飛行機への搭乗や渡航先への入国をスムーズにすることを目的にしています。
現在様々な国が入国に際して新型コロナウィルスの陰性証明書を提出することを義務付けています。今後はさらにワクチンの接種証明書の提出が必要になることも考えられます。
IATAは検査やワクチン接種を行う保健機関等にクレデンシャルの発行者になってもらい、渡航を予定している人々に対して陰性証明書やワクチン接種証明書を発行してもらいます。発行を受けた渡航者は自分のスマートフォンアプリにクレデンシャルを保管し、航空会社へのチェックイン時に窓口で提示します。
IATAはTimaticというシステムを加盟航空会社に対して提供しています。このシステムはチェックイン時に渡航先の国の入国条件(ビザの取得やパスポートの残存期間等)を確認できるようにすることで、出発前に渡航先に入国できるかどうかを確認できるようにする仕組みです。
このシステムにトラベルパスを連携させ、入国条件としての検査の種類・結果・ワクチン接種状況などを渡航者が満たしているかどうかを、スマホに格納されているクレデンシャルを提示することで自動的に確認することを可能にします。
まだ正式ローンチのアナウンスはないようですが、当初の予定では今年の3月に正式に運用が開始されるとのことでした。
NHSデジタルスタッフパスポート
イギリスのNHS(National Health Service:国民保健サービス)が開発中のデジタルスタッフパスポートは、医療従事者のアイデンティティや専門分野などをクレデンシャル化し、病院等の医療施設の間での医療従事者の異動手続きを簡略化することを目的にしています。
当然のことですが、医療従事者が異動する際には厳格な雇用前チェックが必要です、そのために様々な紙のドキュメントが必要で、異動が必要になってから実際に異動できるまでにかなりの時間が必要でした。ところが新型コロナウィルスによって医療従事者が不足する等逼迫した状況になる医療機関が出てきたことから、医療従事者の異動を迅速に行えるような仕組みが必要となりました。
このようなニーズに対応するため、スタッフのアイデンティティや専門分野、今までの就労状況などをクレデンシャル化して紙のドキュメントを不要とし、迅速な異動を実現するために開発された仕組みがデジタルスタッフパスポートです。
具体的には、まず異動を希望する医療従事者が所属する機関のHR部門にクレデンシャルの発行を依頼します。HR部門は厳密な本人確認等を経た上で前述の内容を含むクレデンシャルを、申請元の医療従事者のスマートフォンアプリに対して発行します。医療従事者は発行されたクレデンシャルを異動先の機関のHR部門に提示し、異動の手続きを行います。
NHSは将来的にこの仕組みの適用範囲を拡張し、たとえば医療従事者が受けたトレーニングの履歴等も管理できるようにしたいと考えているようです。
このシステムは現在βテスト中というステータスのようです。
Lumedic Connect
アメリカのヘルステック・メディテック企業であるLumedic社は、患者が自身のヘルスケアデータをセキュアに管理するためのLumedic Connectを開発しています。
この仕組みは、診療・診断結果などのヘルスケア情報をクレデンシャル化することで、や今まで医療機関や保険会社の連携が不十分だったために煩雑になっていた手続きを簡略化し、また確実に行えるようにすることを目的として開発されています。
例えば医療機関が患者に対しておこなった診断の結果をクレデンシャルとして発行し、患者はそのクレデンシャルを保険会社に提示することでスムーズに保険請求手続きを行うことができるようにする、というものです。クレデンシャルは基本的に患者自身の管理下に置かれ、患者が意図しない第三者と共有されることはありません。
Lumedic社はこの仕組みを新型コロナウィルスのワクチンパスポートとしても使用できるようにする予定のようです。現在はプライベートベータテスト中というステータスです。
Kiva
https://www.hyperledger.org/learn/publications/kiva-case-study最後に、Sovrinのブログからではないのですが、個人的に非常に興味深いと感じた、Hyperledgerプロジェクトで紹介されていたKivaの事例をご紹介したいと思います。
ご存知の方も多いかとおもますが、Kivaはアフリカを中心とした発展途上国の個人事業主に対して、インターネット上で少額融資を募るマイクロファイナンスをおこなっているNPOです。
このKivaが、SSIを使って個人事業主にIDを発行する仕組みを開発し、西アフリカのシエラレオネで展開しました。
シエラオネではこの仕組みを使って700万人の国民に国民IDを配布し、「迅速に・安価に・安全に」本人確認をするための基盤を構築しました。この仕組みを使用して迅速なeKYCを実現し、さらにマイクロファイナンスの返済状況等をクレデンシャル化して信用情報として利用することで、国民が銀行口座やローンの開設を素早く行うことが可能になりました。
このプロジェクトは、SSIやDIDの目的の1つである「すべての人にIDを供給する」という考え方に添ったもので、そのような意味でも非常に興味深い事例です。
今後アフリカの他の国にも広げていく予定だということなので、大いに期待したいと思います。
まとめ
上記のいくつかの事例で見られるように、新型コロナウィルスのパンデミックはSSI/VC活用の1つの促進材料となっています。特にワクチン接種証明書のフィールドにおいては、SSI/VCをその実現方法の1つとして検討している機関が少なくありません。
例えばEUのワクチン接種証明書は、その相互運用性のためのフレームワークの定義ドキュメントにおいてSSI/VCモデルについて検討することを明示していますし、Linux Foundationが中心となって組織されている COVID-19 Credentials Initiative (CCI)や、OracleやMicrosoftが参加するVaccination Credential Initiative等の団体でもいわゆる「ワクチン・パスポート」へのSSI/VCモデルの適用について検討されています。
様々な団体が並行で検討することで仕様が乱立する事態が懸念されていますが、W3Cが定義したデータモデルが遵守され、相互運用性についての最低限の取り決めが標準化されることで、うまく連携できるような形になればと考えています。